「察してほしい」という体質は結局のところ自分が損してるんじゃないかと思うのと、仕事に置きかえてみると”説明責任”ってやっぱりけっこう大事だよな〜とあらためて分かった件。

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「そのぐらい察してほしい」

ケンカとか揉めごとで聞くセリフ。
現実ではよく鈍感な男子に女子から放たれるシーンが多い気がする。一般的に。
思ってることを口で伝えるのが苦手な身としては痛いほど分かる。”不機嫌に黙る”という意思表現に走ってしまうことも多かったりした。
でも困ったことに。
自分自身を振り返っても、そういう要求を軽々しく他人に放りこめるタイプの方こそ、むしろ「察すること」が下手な鈍感さの持ち主だったりする。矛盾。

もしこれが仕事だったら…

ちなみに、これが仕事シーンに
置きかえてみたらどうなるだろう?
(ちょっと妄想)
「どんな仕様がいいですか?」
「ーー察してほしい。」
「どんなデザインにしたいですか?」
「ーー察してほしい。」
「どのくらいの予算ですか?」
「ーー察してほしい。」
「何を訴求したいですか?」
「ーー察してほしい。」
……だめだ、もう、なんもわかんねーーーーーー!!!!
こんな担当者がいたら相当シュール。笑
いやむしろ、面白くなっちゃうかも。

欲しいものを手に入れる説明責任。

ま、例えが極端すぎるにしろ。
欲しいもの(叶えたいもの)があるなら、それは、欲しい側がちゃんと表現した方が健全だと思う。何が欲しいのか、もしそれがわからないなら、わからないと相談されれば、きっと、結論的に得られるものも違ってくるわけで。
ちなみに。
「察してほしい」「それぐらいなら自分で考えてほしい」と思ってしまうタイプは、実は、本当は努力家が多いと聞く。自分自身が、物事に対して努力を惜しまず頑張るからこそ、相手にも望んでしまうんだとか。
それを「説明」する努力に向けるだけでほしいものが近づくならその方がずっとお得じゃないかなーってね。説明努力をサボってないかな?伝える努力してるかな?ということに自覚的に意識してるつもりです。最近。
といった努力してるはずなのに、日に日に、
コミュニケーション苦手になってるんですけど!世界七不思議すぎ!!!
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